米大統領の朝餐会に招かれる
一九九六年に私たちはハワイから強制送還されて、以後アメリカには行けないかもしれないと通告されました。その一週間後に、私は再びアメリカに行く予定があったにもかかわらずです。
帰国してすぐに私(ミッション・バラバ代表鈴木啓之)は大使館に行き、事情を話してビザの申請をしたのですが、結果はけんもほろろでした。そんな中からお祈りが始まります。行けなくなったところにはお詫びをし、みんなにも祈ってもらったのです。
そういう準備をしている中で思ったのは、あのアメリカもアメリカ人も神様がお作りになったもの、それなら神様が必要と思われたならば、例えアメリカが来るなといっても神様が呼んで下さるだろうということでした。
そうしたお祈りの中から、やがて一人の人と出合います。ダグラス・コウという人、この人を通して神様は不思議なことをされました。彼と出合ったのは万座という温泉でした。そこで彼と出会った私は、実にいろんな質問をされたのです。温泉でまさに裸のつき合い、もうゆでだこになるくらいいろいろ聞かれました。
彼がその中で「あなたがイエスと出会った話をしてくれ」と言うので私はありのままの証をしたのです。彼は言いました。
「あなたの証は、本来誰にも言いたくない、醜い部分、恥の部分をあからさまにしやべりながら、少しでも絶望している人達に希望を与えるものだ。あなたの証はイエス・キリストのことしか出てこない。だから、イエス・キリストの証だから、私はそれを世界中の人に聞かせてあげたい」
そして「祈りなさい。祈れば神様は何かをして下さるから。私も帰って祈ります」。そう言って彼はアメリカに帰っていきました。ダグラス・コウ氏は、実はアメリカ大統領の朝餐会のすべてを把握しているコーディネーター、裏ですべての準備をする人だったのです。その中から神様は働いて下さった。彼に思いを与えて下さったんですね。そして私を名指しで、日本から十二人という枠の中に入れて招待して下さったわけです。一九九八年三月のことでした。
昼餐会でスピーチ
その朝餐会というのは、上院と下院議会が主催するもので、ヒルトンホテルで開かれます。実は朝餐、昼餐、晩餐会と一日に三回行われ、大統領が出席するのは朝餐会だけなのですが、そこでは世界的伝道者のビリー・グラハム先生が話をされました。グラハム先生は大統領の心境をくんで、聖書の言葉に託して話されました。「罪のないものが石をなげなさい」と。(クリントン大統領がセクハラ問題から始まって、偽証させたさせないが問題となって、世間を騒がせている時でした)。
ちょうどイラクのことでも大変で一触即発の状態でしたから、警備も厳重で、カメラも持ち込めないような状態でした。
朝餐会と昼餐会で六人ずつスピーチをして、会場には三千人の出席者、世界各国からいろんな人がいらしてました。その六人の中の一人として、私もスピーチさせて項いたのです。他には、中国からダライ・ラマの妹さん、またパキスタンの外務大臣、等々、国も宗教も越えた人々のスピーチでした。
そこで私が話したことは、今まで話してきたことと変わりません。どうやって私がイエスと出会い、救われたかということです。底辺にいた人間が、その世界からも追われて、もう死ぬしかなかった人間を、神様と出会ったことを通してそんな者にも新しい人生を与えてくださって今はこうして神様が使って下さる、今日あるのはこんなどうしようもなかったけれども、その者を愛し許してただ祈り続けてくれた妻の祈り、その顔が今日に浮かぶようだと、そういうことを話しました。
いろんな人を紹介してもらいました。国の大統領だとか、外務大臣、それからペンタゴンの代表の人とか、いろんな人と出合いました。世界一六〇ヵ国から集まっていましたから。世界中のトップの方たちとお会いすることができました。スピーチとして話したのは、通訳を交えて十分間ぐらいでしたが、その間水を打っ
たようにシーンとしてみんな聞いててくれました。物音ひとつしないという感じでしたね。ほとんどの方が私のことを知っていてくれたみたいで、ジーッと聞いてくれました。