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体験談:鈴木啓之師 |
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ハワイ伝道 前述のアメリカ旅行が大々的にマスコミに取り上げられ、私たちミッション・バラバは一躍、その名を知られるようになったのです。 もっとも知られすぎて、報道されすぎて、ハワイではこんなこともありました。ハワイっていい国です。サーフィンしてる人たち、みんな刺青が入ってます。刺青姿で外を歩けるのはあそこだけかな、なんて思いました。 ハワイでも私たちは十字架をかついで歩きました。そして四日間かけてオアフ島を一周しました。アラモアナのあのホールで私たちは集合をしました。そしてワイキキのシェルという屋外の音楽堂でも、私たちは集合をしました。 たくさんの恵みを与えて項いて「生きててよかった」と思えるすばらしい経験でした。 強制送遺、十ヵ月後の招待 ところが最後の一日、今日はバケイションと喜んでいた朝、ドアをノックする者がいます。 「どちら様ですか?」 「警察です」 「え? 警察?」 「イミグレーションと警察です。ちょっと来て下さい」 「あなた達、ビザがありませんね」 「え? 日本人ですよ。ビザいらないんでしょう?」 「ええ、日本人はビザいらない、でも前科者にはいるんです」 知りませんでした。あとで移民局に来て下さいと言われ、行きましたらそのまま鉄格子つきの留置場に泊められ、手錠姿。 「神さま、何故ですか、私たちあなたのことを伝えに来たのに」 そのまま朝を迎え、手錠つきのまま空港に送られて、そこでもクリスチャンが沢山いて、 「ありがとうございました。また来て下さいね」 そう言われました。 そしてパスポートは日本へ帰ってからやっと返ってきましたが、なんと「強制送還」の印鑑。実は私たち次の週にまたアメリカでの集会を約束していました。一年前から皆で祈って、準備してきた集会でした。 なのに、私はもうアメリカへ行けないかもしれないと言われたのです。 私は本当に悔い改めて、知らなかったとはいえ、このような事態になってしまったことを神様にあやまりました。 でも、私たちは希望を持っていました。私たちにはできないけれど、神様にできないことはない。私たちは祈り続けました。 そしてそれから十ヵ月、一通の手紙が釆ました。それは一人のクリスチャンの友からでした。 そして私に、一九九八年の年明け早々ワシントンのホワイトハウスに来て、大統領の朝餐会に出て欲しい。各国からいろんな人が呼ばれるけれど、あなたはイエスの大使として来て欲しい。 神様は私たちに証をさせるために、とるにたらない私を遣わすために、私たちに道を開いて下さったのです。 私たちは神様に導かれて、ここまでやってきました。それは元ヤクザのどうしようもないとるにたりなかった人間でもやり直すことができるということを示すために神様が計画されたものだと思います。 その道を歩ませて頂いていることをいつも感謝して、私はいつでも、どこにでも行って、私たちの過去を証したいと思っています。
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